Life story

生後6ヶ月の娘と見たサハリン-I・Y(夫)
娘へ。サハリンをまた訪れて。-I・Y(夫)
2024年10月からユジノサハリンスクで働いている。
日ロ関係の悪化に伴い、サハリンでは日本人駐在員がかつてより減った。子どもを帯同する駐在員は今はいない。以前は石油関係の商社関係者を中心に乳幼児など子ども連れの滞在も多く、彼らの子ども向けのインターナショナルスクールもあったと聞く。

妻と娘を帯同した勤務は、現下の情勢や安全面を考慮し、断念した。今回の家族のユジノサハリンスクの滞在中、仕事をしている日中は子どもの様子を直接見ることができず、もし何かあったらどうするかという不安は常につきまとった。
特に心配だったのは娘を診察する病院などの医療面。外国での医療機関の利用は大人でさえもストレスや困難が伴う。10年前に住んでいたサンクトペテルブルクの病院では、不衛生な廊下で何時間も待たされたことがあり、ロシアの医療にいい思い出はない。日ロ関係が良好で、外国人向けの病院や医療サービスが今よりも充実していた頃でさえ、サハリンで治療を受けるのを避ける駐在員は多かったという。

「北海道の商品をあなたに」と書かれているが、現在は売られていない
ロシアでは今は外国人向けの医療サービスは減りつつある。ユジノサハリンスクには24時間営業の公立の小児病院があるが、時期によっては混み合うこともある。そのため「プロフメドアシスト」という私立のクリニックのサービスを利用した。一定の料金を支払えば、クリニックで医師が往診してくれる仕組み。24時間対応で家にも来てくれるという。3週間の利用で日本円にして約8万円ほどだったと記憶している。もっとも、後述するように、あまり頼りにはならなかった。
市内には子ども用品店もいくつかあり、食器や哺乳瓶、離乳食などは現地でそろえることができた。ただし、赤ちゃんを囲う「ベビーサークル」だけは手に入らず、モスクワの店舗でも取り寄せ対応だった。結局、会社のロシア人スタッフにお願いしてネットで注文した。市内ショッピングモール「アレーヤ」2階には、0~7歳の子どもが遊べる「ストーリヤ・ガーデン」というスペースがあり、ボールプールや滑り台を備え、子ども向けのイベントも開催している。ユジノサハリンスクの子育て関連の環境はそこまで悪くないように思う。子ども用のテレビ番組やアニメは外国人でも楽しめる。ソ連時代からの伝統がある児童文学は質が高く、子どもへの愛を感じる。


滞在中、2度ほどヒヤリとする出来事があった。最初は、妻と娘が到着して2日目の夜。娘が朝からほとんど食べず、夜になって2時間以上泣き続けた。「プロフメドアシスト」に電話したが、「この時間は担当医がいない」との返答。唖然とした。結局、州立の子ども病院に行くよう勧められ、急いでタクシーで向かった。
病院には私たちのほかに2組の母子がいたが、ほとんど待たずに診察してもらえた。40代ほどの女性医師が対応し、日本のパスポートを見て「外国人は珍しい」と驚いた様子だった。診察の結果は「異常なし。長旅の疲れでしょう。翌日も続くようならまた来てください」とのことだった。スタッフの対応も丁寧で、子どもに話しかけてあやしてくれた。翌日には食欲も戻り、以後、娘は元気に過ごせた。

2度目の出来事は停電と断水だった。サハリンでは暖房設備の点検などで定期的に停電・断水があるが、事前告知なしの場合もある。停電中はネットも使えず、不便を極める。停電が起きないよう、祈っていたが家族が滞在中に発生した。
朝、出勤しようとすると電気が切れており、復旧は夕方になった。9階の自宅はエレベーターが使えず、妻子には家で待機してもらった。ケトルも使えずお湯も沸かせないため、会社でお湯を沸かして運んだ。子連れの家庭にとっては大きなストレスだ。幼い子どもがいる知人宅では翌日まで停電が続き、キャンプ用のガスコンロでしのいだという。「慣れている」と笑っていた。
ロシアは「女性と子どもに優しい国」とよく言われる。サハリンでもその意識は強い。ロシア人はそうした国民性を誇りにしている。特に近年その傾向は強くなっているように感じる。現在は戦時下で、不足の事態への危機感が強まり、女性や子どもへの敬意が高まっているようだ。サハリンに住む知人の80代女性は「子どもは2人以上いないとだめ。人生は何が起こるかわからないから」と語っていた。数々の混乱や戦争を経験してきた人生が、そうした価値観を生んでいるのだろう。

結論として、戦時下のサハリンへの子連れ渡航は「不可能ではない」が、現地に頼れるロシア人がいることが大前提だと思う。また、緊急時の医療機関を事前に調べておく必要がある。また、現地の人々も口をそろえて「冬はおすすめしない」と言う。道路はぐちゃぐちゃになり、厳しい寒さの中での生活は大人でも過酷だ。 ロシア人は冬でも赤ちゃんを厚着させ、ベビーカーで散歩させるが、日本人がマネをするのは容易ではなさそうだ。現在のロシアではビザなどのクレジットカードが使えない、日本からの送金ができない、さらにVPNがないと非ロシア産のSNSやサイトが閲覧できない、などの問題もある。妻と娘がサハリンで過ごした3週間は、ロシアで子どもを育てることの難しさも突きつけられた。



